SSブログ

紀尾井ホール:小菅優ベートーヴェン・ピアノソナタ・サイクル [音楽時評]

つい先日,オーチャード・ホールでシューマンのピアノ協奏曲をNHK交響楽団と好演したばかりの小菅優が,かねてから展開中のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲のチクルス第4回が紀尾井ホールで開催されたのを聴きに行って来ました.

プログラムは,オール・ベートーヴェンで,
ピアノ・ソナタ 第24番 嬰ヘ長調 Op.78《テレーゼ》
          第25番 ト長調 Op.79
                 第15番 ニ長調 Op.28《田園》
      ※※※※※※※※
ピアノ・ソナタ 第6番 ヘ長調 Op.10-2
                第21番 ハ長調 Op.53《ワルトシュタイン》
でした.

テレーゼは,第23番《熱情》に続くソナタですが,4年ぶりに1809年に書かれたソナタです.その間に交響曲第4・5・6番,ピアノ協奏曲第4・5番が作曲されています.
ただ,ナポレオンにヨーロッパが席巻された時期ですが,この曲は伯爵令嬢テレーゼ・フォン・ブルンスヴィクに献呈されたことから《テレーゼ》と呼ばれています.ベートーヴェンはかつてその妹のヨゼフィーネに熱愛したことは周知のことです.
Adagio cantabile - Allegro ma non troppo/Allegro vivace の2楽章構成ですが,第1楽章に長い反復があります.叙情性豊かな曲ですが,小菅優が感性豊かにフレージングを浮き上がらせて好演してくれました.
this and the "Appassionata" sonata, op.57, were Beethoven's favorite of his piano sonatas prior to the "Hammerklavier."という証言があります.

次の第25番はPresto alla tedesca/Andante/Vivace の3楽章構成ですが,3楽章以上の彼のソナタのなかでは最も短い曲です.第3楽章のセクションが,the chord progression found at the beginning of the A section to start his Op. 109 sonata とピアノ・ソナタ最後の3曲の初めの曲に連なっていることが知られています.
最後のコーダの冒頭部分で彼女の左手が3つの音程を外したのが意外でしたが,彼女は続けて第15番に入りました.

15番《田園》は,1801年耳の病が進行した時期の作品ですが,曲はむしろ明るい牧歌的な雰囲気です.Allegro/Andante/Scherzo: Allegro vivace/Rondo: Allegro ma non troppo の4楽章構成で,牧歌的ななかに嵐が起きる部分もあります.
《田園》は出版社によるモノです.第1,第4楽章はそれに近い印象を与えますが,2,3楽章はおよそ違った色合いです.30分少しの長さですが,小菅がたいへん構成力豊かに各フレーズを浮き彫りにしてくれましたから,ある種の期待感を持って聴くことが出来ました.

後半最初の第6番は.3曲作曲された2曲目で,Allegro in F major/Allegretto in F minor/  Presto in F major の3楽章構成で,緩徐楽章を欠いています.14分ほどの曲ですが,終楽章の快活さが印象に残ります.

最後の《ワルトシュタイン》はCount Ferdinand Ernst Gabriel von Waldstein of Viennaに献呈されたことから付いた名称です.彼の中期を代表する作品で説明を要しないと思いますが,これほどの有名曲になると,これまで個性的な演奏振りだった小菅優が,急に,曲の構成に取り付かれて没個性的に聞こえました.左手のトリル,右手のメロディに追われるような演奏でした.

Allegro con brio/Introduzione: Adagio molto - attacca/Rondo. Allegretto moderato - Prestissimo の3楽章構成です.
彼女はアルツール・シュナーベルの録音を何度も聴いているそうですが,ここでは曲の構成に押されて,第1から第3楽章までの展開を追うのに専念した感じでした.

第8回まで予定されるサイクルの4回目の中間点で,なんとかベートーヴェンの偉大さに迫った所ですから,これから4回の果敢な挑戦がいっそう楽しみといったところです.

なお,紀尾井ホールのマナーの悪さを前にも指摘しましたが,この夜もまことに惨めでした.
ワルトシュタインはよく知られた曲ですから,どこで終わるのかを皆が知っているはずですが,ピアノ・ソナタの演奏の終わりは,鍵盤とペダルを完全に離した時と考えるべきです.それをピアノの鍵盤やペダルがよく見える位置から,彼女がペダルを離さないうちに拍手が起こったのです.

次回からは,他のホールでは良識に任せているリサイタルのマナーを,紀尾井ホールでは繰り返しアナウンスされるよう望んでやみません.念を入れて,ピアニストが立ち上がってからとでも,オーバーにアナウンスしたら良いと思います.


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

サントリーホール:都響B定期小泉和裕指揮 [音楽時評]

7月19日,サントリーホールに東京都響B定期を聴きに行って来ました.指揮は,元来は,大植英次が予定されていたのですが,リハーサル2日目で,頸椎症で1週間の休養が必要という診断で,降板し,レジデント・コンダクターの小泉和祐がピンチヒッターで登場し,前半予定のリヒヤルト・シュトラウスの「バラの騎士」組曲(23分)に代えて,ベートーヴェンの「エグモント序曲」(9分)とワグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」より《前奏曲と愛の死》(19分)を聴かせてくれました.後半のチャイコフスキーの「悲愴」はそのままでした.

大阪フィルの大植英次については,いくつか前のブログでその虚像について書いたばかりでしたから,私にとっては歓迎すべき交替でした.

そんな訳で,指揮者は小泉和祐,
コンマスは矢部達哉でした.

プログラムは,ダブりますが,きちんと書きますと,
ベートーヴェン: 「エグモント」序曲 作品84
ワーグナー:   楽劇「トリスタンとイゾルデ」より〈前奏曲と愛の死〉
      ※※※※※※※
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74 「悲愴」
でした.

小泉指揮,都響は「エグモント」序曲冒頭のユニゾンから好調でした.エグモントは16世紀のネーデルランドで,当時のスペインの圧政に抗して立ち上がったフランドルの領主エグモントの物語を,ゲーテが戯曲として書き著したモノを,ベートーヴェンが全10曲の劇音楽として完成させたなかで,最も有名で単独で演奏される機会の多い曲です.そのコーダはエグモントが刑場に赴いて幕が閉じられたあとに演奏される「勝利のシンフォニア」の音楽と同一で,輝かしく曲が閉じられます.

ワーグナーの〈前奏曲と愛の死〉は余りに有名ですが,本来はイゾルデを案内して帰るべきトリスタンが,イゾルデと恋に落ち,愛と死を求めて彷徨う姿を描く前奏曲と,トリスタンの遺骸に寄り添ってイゾルデ(ソプラノ)が歌うパートは,オーケストラのクラリネットが歌うのが慣例になっています.
この2つの曲の演奏も見事でした.

後半のチャイコフスキーの「悲愴」は,
Adagio - Allegro non troppo/Allegro con grazia/Allegro molto vivace/ Adagio lamentoso - Andante
の4楽章構成です.作曲者自身が初演して,その後6日で亡くなったため,オリジナルな自筆譜に加えられた修正を巡って,長く論争があり,終楽章はAndante lamentoso が正しいとした改訂版が,1990年に相次いでロシア人指揮者によって初演,演奏されています.
今夜は,Adagio lamentoso演奏されましたが,小泉さんは,ほとんど最後の静かなチェロとコントラバスによるコーダの直前まで,3楽章を引きずって,力強く指揮していたのが印象的でした.

チャイコフスキーがスコアの表紙に書き込んだ副題はロシア語で「情熱的」「熱情」などを意味する "патетическая"(パテティーチェスカヤ)なので,「悲愴」は誤訳だとする議論もありますが,チャイコフスキーは,手紙などでは一貫してフランス語で「悲愴」あるいは「悲壮」を意味する "Pathétique" (パテティーク)という副題を用いていたので,「悲愴」で正しいということになっています.
その意味では,第4楽章のどの辺から演奏を静めるかも,指揮者によって差があるといえます.

ご関心の方は,聞き比べてみるのも一興かと思います.


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。