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浜離宮朝日ホール;ボロディン四重奏団+原田英代 [音楽時評]

3月5日,浜離宮朝日ホールに,ボロディン弦楽四重奏団の弦楽四重奏と原田英代が加わったピアノ五重奏を聴きに行って来ました.

今回のボロディン弦楽四重奏団の来日公演は,2月26日山口県周南市に始まって,今夜が最後でしたが,3月1日京都,そして今夜と原田英代との協演コンサート,3月2,3日が杉並区と西東京市でボロディン弦楽四重奏団だけの演奏会というスケジュールだったようで,山口県出身の原田英代さんがむしろ中心的役割を果たされたようです.

今夜のプログラムには,プログラムとボロディン弦楽四重奏団と原田英代さんの紹介に加えて,原田英代さんによる「シューマンとブラームス」と題した2人の関係を書いた小論と,今夜のブラームスとシューマンの曲に付いての解説が掲載されていました.

今夜のプログラムは,
ブラームス: 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 作品51-2
          ※※※※※※※※
シューマン: ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44
でした.

ブラームスは,シューマン,リストの門を訪れ,結局,シューマンに親しみを持って師事し,リストとは対立します.シューマンはショパンのピアノ・ソナタを,せっかくのソナタ形式を歪めるものと批判していたといいます.
結局,ブラームスがソナタ形式を継承することになりますが,ブラームスは20曲ほどの弦楽四重奏曲を創作しては破棄した末,作品51の2曲を完成させたといいます.第1番が力強いのに対して,第2番は抒情性豊かな曲です.友人ヨアヒムノモットー「自由にしかし孤独に}の頭文字F-A-Eがメロディに使われ,ブラームスはそれに近い自分のモットー「自由にしかし楽しく」の頭文字A-F-Aも戦慄の中に組み込んでいるといわれます.
第1楽章ソナタ形式,第2楽章リート形式,第3楽章トリオを含むメヌエット,第4楽章ソナタ形式をとっていますが,かなり複雑に入り組んでいます.
ボロディンは,個々でも非常に見事なアンサンブルで,丁寧に,しかし抒情性豊かに好演してくれました.

後半のシューマンのピアノ五重奏曲は,いわゆる室内楽の年といわれる1842年に四重奏曲,五重奏曲のすべてを書いています.とりわけピアノ五重奏曲という編成の曲を作曲したのはシューマンが最初です.第1楽章ソナタ形式,第2楽章自由なロンド形式,第3楽章トリオを2つ持つスケルツオ,第4楽章自由なソナタ形式をとっています.
最初からピアノがほぼ弦楽四重奏と拮抗する重要性を持って活躍しますが,第4楽章の終結部で,第4楽章の主題と第1楽章の主題による二重フガートが置かれて,全曲の統一性を固めています.
このツアーでは3度目の演奏で,すっかり信頼し合った関係から見事なアンサンブルが展開されていました.

アンコールにまず,シューマンのピアノ五重奏曲から第3楽章が再演され,次いで,ボロディンがチャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレを演奏していました.

たいへん内容豊かな室内楽コンサートだったと思います.

 

 

 

 


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