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トッパンホール:パドモアの「水車屋の美しい娘」 [音楽時評]

トッパンホールにイギリスのテナーのマーク・パドモアによるによる「美しき水車屋の娘」(標題は今夜の解説者,梅津時比古紙の新表現による)を聴きに行ってきました.ピアノ伴奏は,2~3年前にベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会をトッパンと欧米の5~7都市で同時進行させて一定の評価を受けたウイーン出身のティル・フェルナーでした.

この歌曲集は「修業の旅に出た粉職人の若者が、美しい水車小屋の娘に恋をするが、狩人が現れて彼女を奪っていき、悲しく立ち去る若者は小川に語りかけ、永遠の眠りにつく」という物語からなり、20曲の歌によって語られます.
友人の家でふと目にしたミュラーの詩集を手にしたことでこの曲を作曲したとそうで,作曲されたのは1823年5月から11月にかけてとされています.
詩集を持ち帰った翌日にはもう3曲も作曲していた」というエピソードがあるように、シューベルトはここに描かれる若者の姿に大きな共感を抱いていたと考えられ、音楽にそれが十分に表れています.
物語性を持たず、嘆きと諦めに満ちた男の心象風景を描いた歌曲集「冬の旅」に対して、4年前に書かれたこの「美しき水車小屋の娘」は、希望に胸を膨らませて旅に出た若者が恋によって次第に変化してゆく姿をビビッドに描いた,いわば悲しい「青春の歌」といえます.

この作品はシューベルトが友人のアマチュアテノール歌手,カール・フォン・シェーンシュタインに献呈したことからも、本来は独墺系作品を得意とするリリックテノールによって原調で演奏されるのが最も相応しいといえます.パドモアはイギリスのリリックテノールですが,まあ,EUROPEがEUによって統合に向かっていることを考えれば,それで良いのだと考えます.

パドモアは,当代最高のエヴァンゲリストとして知られ,多くの宗教音楽の録音で知られていますが,シューベルトの歌曲集への挑戦は,比較的最近のことだと思います.
寄せ集めの「白鳥の歌」を別にして,シューベルトの三大歌曲集の「冬の旅」も今夜の「美しき水車屋の娘」も,いずれもオリジナルにはテナーの調性を想定して書かれていますから,あまりにも有名だったフィッシャー・ディスカウのバリトンに慣れたフアンにとっては,テナーはちょっと軽い感じがしないでもありません.
しかし,近年は,ポストリッジ,ブレガルディエン,シュライヤーといった有名テノールが三大歌曲集に取り組んでいますから,パドモアの参入も大いに歓迎されます.

パドモアはなかなかピアニストのえり好みが強いようで,かつてのジェラルド・ムーアといった高名な伴奏専門家ではなく,ポール・ルイスというシューベルト弾きで有名なピアニストと最近「冬の旅」をCD録音していますが,前に2008年に来日したときにも,イモージェン・クーパーと組んで,「冬の旅」を歌っていました.今回も,ティル・フェルナーという若手ピアノ・ソリストを伴奏者として臨んだのは大いに注目されます.

今夜は,彼の美声と幅広い音域を一貫して柔らかな発語をして,極めて幅広い音量を使い分けた歌唱はなかなか見事でした.2曲目で高音部で声が上ずって驚きましたが,あとは調子が出てきて,かなり自由奔放に音量を使い分けて,表現力豊かな歌唱を聴かせてくれました.

かなり詳しくドイツ語の歌詞とその対訳がプログラムにふんだんにスペースを使って掲載されていて,結構,大勢の人がページをめくっていましたが,かならず曲間のページめくりでしたから,パドモアはまったく意に介さない寛容さで,全曲をとおして歌いきってくれました.11曲目位で,遅刻者の入場を容認してジッと待っていた寛容さにも感心させられました.
私は,かつて,白井光子がカザルス・ホールで「冬の旅」を歌った時に,やはり譜めくりがあったのを,白井光子が,曲間に「ウルサイッ」と大声をあげた光景が忘れられないのですが,パドモアは自信に溢れていた所為でしょうが,たいへん寛容でした.

あと2日,「冬の旅」とピアノ・ソロを前置した「白鳥の歌」に通うのがますます楽しみになってきました.
かつて,私が,もうかなり声量が落ちていた名歌手ゲルハルト・フィッシュの三大歌曲三夜に通ったことが思い出されます.




 


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