パルテノン多摩:トリフォノフ・ピアノ・リサイタルの好演 [音楽時評]
全く久しぶりにパルテノン多摩へトリフォノフのピアノ・リサイタルを聴きに行って来ました.6割程の客の入りだったのはたいへん残念でした.
帰宅して,夕刊を読みましたら,五嶋みどりさんの「バッハで奏でる復興の祈り」という記事が載っていましたが,そのなかで「音楽は人の心に働きかける力を持っています.被災者や復興支援に携わっておられる方々に一瞬の心の安らぎを持って頂ければ.そんな気持ちで演奏します」という五嶋みどりさんの言葉が載っていて,世界的なヴァイオリニストの謙虚さに心を打たれました.
日本の演奏家のほとんどが,平然と「音楽の感動を伝えますor与えます」という押しつけがましい表現をしているのに何となく違和感を感じていたからです.
今夜のプログラムは,
シューベルト/リスト編曲:12の歌」より第7曲”春の想い”
シューベルト/リスト編曲:「白鳥の歌」より第1曲”都会”
シューベルト: ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D960(遺作)
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ドビュッシー: 「映像」第1集
第1曲「水に映る影」,第2曲「ラモーを讃える」,第3曲.「動き」
ショパン: 12の練習曲 作品10全曲
第3番に「別れの曲」,第5番「黒鍵」,第12番「革命」を含む.
でした.
先ず使用楽器についてですが,イタリアが全く独自に開発した FAZIOLI というピアノで,高音部と低音部でたいへん優れた明晰さを持ったピアノでした.高音部が中間部に較べて音程がかなりフラットになったり,低音部が音がかなり太くなったりしない,素晴らしい優れモノでした.トリフォノフご愛用のピアノで,来日のたびに持ち歩いているモノですが,彼のピアノ演奏の明晰さと広い安定した音域に貢献しているモノです.
今夜の休憩を挟んだ後半の曲集は,トリフォノフが第14回チャイコフスキー優勝者ガラ・コンサート(今年の4月23日,サントリーホール)で演奏した曲集でしたから,ダブってコメントすることは控えますが,とりわけ,一昨年のショパン・コンクールで第3位を獲得したトリフォノフのショパンは,トリフォノフの天賦の才能を漲らせた曲集の解釈と構成力のほどを遺憾なく発揮したモノでした.
シューベルトの歌曲をリストが編曲したモノは,いずれもピアノ伴奏と歌唱を合わせて編曲した優れた作品で,ただ,うっとりと聴き入るのみでした.
この2曲が終わっても拍手が入らなかったというか,拍手を求めることなく,トリフォノフはそのままシューベルトのピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D960(遺作)に入りました.
しかし,ホール側は,ほんの僅かの間隙を縫って遅参者を入れましたから,後半の席に座っていたモノにはたいへん迷惑でした.生憎とマナーの悪い人達で,演奏が始まっているのに,後方に静かに座らないで,できるだけ前方に来て,手渡されたプログラムと配布物をめくって音を立ててはばからなかったのです.
序でにホールの照明についてですが,ステージ上面からの照明が全開になっていましたが,オーケストラ演奏ではないのですから,能がなさ過ぎます.ピアノを円形にスポットとライトを当てて,ステージの壁面(背面と両壁面と天井)は多少照明をダウンすべきだったと思います.
また,プログラムで,2曲目は,シューベルト「白鳥の歌」より第1曲「都会」となっていますが.シューベルトの原曲では「白鳥の歌」の第14曲ですから,解説にリスト編曲の順序と明記されるべきだったと思います.
それでも,この私の大好きなシューベルトの遺作.Allegro moderato/Andante sostenuto/Scherzo:Allegro vivace con delicatezza-Trio/Allegro ma non troppo の4楽章を,トリフォノフは,まことに大きなスケールで,とても20代とは信じがたい豊かな解釈と構成力,そして確かなテクニックで,各フレーズのアクセントや各楽章の音の強弱の構築を見事にやってのけて,昨秋の内田光子の名演や最近の伊藤恵の好演を彷彿させる,ハイレベルの好演を聴かせてくれました.
これだけ次々と好きな曲の好演を聴けたことに,たいへん満足して帰りました.
ただ,この曲のベストなプログラミングは,ピアノ・ソナタ第19,20,21番という,作曲者の死の直前に2ヶ月余りで一気に書き上げられた3曲には,それなりの繋がりがありますから,世界の有名ピアニスト,たとえば,最近では昨秋の内田光子がやっったように,3曲を纏めて弾くのがベストだと私は信じていますが,トリフォノフのような若手にそれを期待するのは無理な相談というべきなのでしょう,
期間を余り開けないで,このレベル・アップした21世紀を代表するトップ・ランナーのピアニストに,ぜひ,再来日してまた好演を聴かせて欲しいモノです.
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