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トッパンホール:パドモアの「冬の旅」with T.Fellner [音楽時評]

パドモア自身のHomepage を見ますと,次のように書かれています.

In May 2008 I performed the three Schubert song cycles at the Wigmore Hall becoming their Artist in Residence for the 2009/10 season and in 2011-12 I will repeat the cycles there with Paul Lewis. Recent performances of the cycles have also taken place at the Theatre an der Wien and at Salle Gaveau in Paris with Till Fellner.

Recording highlights include As Steals the Morn, a disc of Handel arias with The English Concert and Andrew Manze, released by Harmonia Mundi which won the BBC Music Magazine Vocal Award in April 2008. Other recent include Haydn's Creation for Deutsche Grammophon, Messiah with Colin Davis and the LSO, Britten Winter Words with Roger Vignoles and Schubert Die Schöne Müllerin and Winterreise with Paul Lewis, as part of a three cycle series for Harmonia Mundi. The latter has won the Gramophone magazine Vocal Solo Award for 2010.

すなわち,シューベルトの三大歌曲集に挑んだのは,2008年の5月のWigmore Hall が皮切りで,その後,ウイーン,パリでもシューベルト・サイクルをやったようです.そして2010年には,Schubert Die Schöne Müllerin and Winterreise with Paul Lewis,と,ポール・ルイスの伴奏による「冬の旅」と「美しき水車小屋の娘」が the Gramophone magazine Vocal Solo Award for 2010 を受賞したと紹介されています.

1961.3.8日生まれといいますから,テノール歌手としては絶頂期を迎えているのでしょう.しかし,今日のトッパンホールでの「冬の旅」には,ちょっと疑問符を付けたくなりました.「美しき水車小屋の娘」より,一段とドラマティックな歌唱だったからです.
それは第1曲「お休み」から何故と思わせるほど劇的な表現にとりつかれていました.彼はテノールの美声を5~6段階くらいの強弱の幅に使い分けて,ミュラーの詩のパラグラフごと,ないしはフレーズごとにそれを縦横無尽に駆使していましたから,弱音部から高音部までの幅が広く歌唱がドラマテックに響いていました.何度も高音部で音が上ずりましたから,彼の劇的表現はきわめて意図的なモノだったと思います.

第2曲「風見鶏」,第6曲,通称で「溢れる涙」もいずれも劇的でしたが,一番頷けなかったのは,第11曲「春の夢」でした.この優美な歌を,パドモアほどドラマティックに歌ったのを聴いたのは,私の100回を超える「冬の旅」ステージ演奏視聴経験(ゲルハルト・ヒッシュの東京公演,ついでLondon でのハンス・ホッターに始まります)でも初めてです.シューベルトがせっかくピアノ伴奏に籠めた叙情性が埋もれてしまった感じがしてなりませんでした.
そもそもミュラーの詩を静かに読んだだけで十分感動するモノに,シューベルトが,これほどドラマティックな表現を希求したとは到底考え難いのです.

それらを忘れさせるほど穏当に戻ったのは,第20曲「道しるべ」からでした.第22曲「勇気」はまあまあでしたし,「幻の太陽」は終曲に向けて穏やかでした.そして終曲「辻音楽師」は,今日のもっとも優美な名唱でした.

『水車小屋』が徒弟の若者の旅立ちから粉屋の娘との出会い、恋と失恋、そして自死を描いたのに対し、『冬の旅』では若者は最初から失恋した状態にあり、詳しい状況は語られないが街を捨ててさすらいの旅を続けていく.全曲を通して「疎外感」、「絶望と悲しみ」、「決して得られないもの、もう失われてしまったものへの憧れ」に満ちており、唯一の慰めである「死」を求めながらも旅を続ける若者の姿は現代を生きる人々にとっても強く訴えかけるものがあるとされる「冬の旅」ですが,テノールが軽くて,バリトンやバスが重厚という区分は今日は当てはまらず,テノールがドラマティックで,バリトンやバスが重厚という区分になっていました.
しかし,あそこまでドラマティックにしなくても,シューベルトの曲は端正に歌っても十分人に涙させるのではないかと考えさせる今日のソワレでした.これまでのバリトンやテノールとパドモアの相違点は,他の名歌手が同時にオペラの名歌手ですが,パドモアに限っては,イギリス人歌手で,目立ったオペラ歌手経験がないということも関係しているのではないでしょうか.

なお,ミュラーが「冬の旅」前半12曲を書いたモノにシューベルトがいち早く作曲し,ミュラーが続編を書いたので,その12曲を続けて作曲したという経緯があって,「冬の旅」は歌い手によっては前半12曲,後半12曲で歌う場合があります.それもあってか,パドモアは今日は12曲目の後に,遅れてきた入場者が自席に着くまでを見守っていました.こうした寛容さには,1昨日同様,敬意を表したいと思います.そこはさすがEnglish Gentleman です. 

念のため,同じテナーのシュタイヤーとプレガルディエンのCDを聴いて見ましたが,シュターヤーはずっと穏当ですし,プレガルディエンはやはり高音が上ずるほどですが,テンポが早くて,パドモアほどドラマティックではありませんでした.ステージで聴いたポストリッジもずっと穏当だった記憶があります.

「白鳥の歌」が残っていますが,これは寄せ集めで,「白鳥の歌」として何かいうことはあまり意味がないでしょうから,久しぶりの Till Fellner のピアノ・ソロに期待します.


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