紀尾井ホール:YUJA WANG ピアノ・リサイタル [音楽時評]
3月5日,午後5時過ぎに終わったサントリーホールから紀尾井ホールに回って,YUJA WANG の素晴しいピアノ・リサイタルを聴いてきました.
未だ弱冠23歳の才媛ですが,テクニックも曲の深い解釈もまことに見事なモノで,Wang impresses by her natural intellectual capacity to express musical structure in combination with powerful technique. と賞賛された通りでした.
最近,アンドラーシュ・シフのオペラ・シティでのシューベルト,そしてNHKTV で視聴したオール・ベートーヴェン(作品109,110&111)が,いずれもまことに個性的にゆっくりし過ぎたテンポで,いたく失望していたのですが,今夜の目のさめるようなYUJA WANG のシューベルト;ピアノ・ソナタ第19番D.958 の名演で大いに救われました.
さすが1流国家にのし上がった中国から,相次いで素晴しいピアニストが登場していますが,Lang Lang, Yundi Li(2000年ショパン・コンクールの覇者), という美しい音色と確かなテクニック、そして深い音楽性の3つを備えたピアニスト2人に続く俊才の1人として,このYUJA WANG が挙げられるのではないでしょうか.ほとんどを北京での勉学で過ごしたあと,カナダのマウント・ロイヤル・カレッジ音楽院,続いてアメリカのカーティス音楽院で学んだそうですが,その前後から既に広く国際的な活躍の場に恵まれている弱冠23歳の女流ピアニストです.
プログラムは, ラフマニノフ: コレルリの主題による変奏曲 op.42 シューベルト: ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D958 (遺作) ※※※※※※※※ スクリアビン: 前奏曲 ロ長調 op.11-11 練習曲 嬰ト短調 op.8-9 前奏曲 ロ短調 op.13-6 前奏曲 嬰ト短調 op.11-12
練習曲 嬰ヘ長調 op.42-3 詩曲第1番 嬰ヘ長調 op.32-1 メンデルスゾーン(ラフマニノフ編):「夏の夜の夢」からスケルツオ サン=サーンス(V.ホロヴィッツ編):死の舞踏 op.40 でした.
コレルリの主題による変奏曲は,主題と20の変奏と間奏曲とコーダから成り、たいへん緻密な構成で作られています.アンダンテの主題にはじまり、それぞれリズムやテンポを変化させながら、第20変奏のクライマックスへ向かい,コーダで再びアンダンテとなり静かに曲を閉じます. YUJA WANG は確実なテクニックと深い曲の構成の解釈にたって,実に見事にこの名曲をつまびらかにしてくれました.
それに続く大曲,シューベルトの第19番ソナタは,4楽章構成ですが,ベートーヴェンの影響を色濃く残しており,第1楽章 Allegro ハ短調,半音階的に上昇する力強い第一主題は創作主題による32の変奏曲に、厳粛な平行調の第二主題は悲愴ソナタに類似しているといわれています.第2楽章 Adagio 変イ長調は,悲愴ソナタの中間楽章に似た穏やかな楽章です.第3楽章 Minuetto ハ短調は,右手オクターブ奏法を左手が支える簡潔な楽章,第4楽章 Presto ハ短調は,ロンドソナタ形式のタランテラですが,リート形式の嘆きの歌が籠められています. YUJA WANG は,着実,丁寧に,そして構成力豊かに,この曲を名演してくれました.これほど見事な演奏は予想しなかったほどで,驚嘆しました.
スクリアビンは前奏曲,練習曲,詩曲を選別して弾いてくれましたが,スクリアビンの小品集を,端正に弾き分けてくれました.
メンデルスゾーン,サン=サーンスはいずれもホロヴィッツ編曲のモノで,彼女のピアノの高度で確実なテクニックをひけらかす作品群でした.本当にビックリするほど早い手さばき,指さばきに見とれるような演奏でした.ちょっと,Lang Lang のこれでもかというキラビヤカサに類似したモノを感じました. 個人的にはそんなにひけらかさなくとも十分に分るので,もっと本格的なピアノ・ソナタ,例えばシューベルトの第20番,21番などを並べて聴かせて貰いたかったと思いました.
将来のマルタ・アルゲリッチだという呼び声があるようですが,本当に物凄い秀才ピアニストで,今後の成熟が大きな楽しみです.
コメント 0